読書記録『歴史に見る日本の図書館: 知の精華の受容と伝承』

歴史に見る日本の図書館: 知の精華の受容と伝承

歴史に見る日本の図書館: 知の精華の受容と伝承

はしがきより。

 現状の日本の図書館・情報学の論述には欠落している多くの観点・論点があると思われる。正常な歴史、伝統、業績に基づく図書館学の発展と成熟が二一世紀のあるべき図書館論に不可欠であることは言うまでもない。二一世紀の図書館・情報学が日本に定着するためには従来の考え方の修正が不可欠と思うが、筆者がそれを行うにはあまりに年をとり過ぎているし、筆者に残された時間では無理と思われる。そこで、後進の有為の人材にそのことを託すとともに、その一助として、本来の図書館・情報学が踏まえるべき、筆者が有意義と感じている若干の事項を列挙し、これから図書館・情報学を学ぼうとする人たちの参考に供したく、ここに筆を執った。 (はしがきii-iii)

著者は国立公文書館フェロー(元館長)にして慶應義塾大名誉教授。これからの日本の図書館政策や理論を考える上で、筆者が踏まえておいてほしいと考える図書館界の先輩たちの偉業が列挙されている。その性質上これまでの業界で言われてきた定説とは視点の異なっているものが多く、また教科書的に従来の理論を丁寧になぞっていくといった構成にもなっていない。そのため一般的な図書館史の本と思って読むとびっくりして面食らうかもしれない。ちなみに『現代日本の図書館構想:戦後改革とその展開』(2013 勉誠出版)での著者の執筆担当箇所は本書と共通している部分が多い。

目次
はしがき
第一章 本書のねらい
第二章 図書館の意義
第三章 日本の図書館の発達と近代化
第四章 日本の図書館確立期 青年図書館員聯盟間宮不二雄
第五章 占領下日本の図書館
第六章 復興の一翼を担った専門図書館
第七章 今後の日本の図書館
あとがき

簡単に内容を見ていくと、まず第一章「本書のねらい」ではこれまでの図書館の世界史的な流れを見ていき、その後本書が扱う図書館の変遷の流れを「明治維新期からコンピュータリゼーションの本格化した1970年代の終わりまで」の期間に設定している。
第二章「図書館の意義」では、情報管理組織としての図書館の果たすべき機能、図書館の構成要素、組織としての図書館、図書館の館種、という4つの観点から「図書館とは何か」を突き詰めていく。またM.バックランドのいう図書館・情報学の研究特性7項目を材料に「図書館学とは何か」にも言及している。
続いて第三章「日本の図書館の発達と近代化」では、図書寮や芸亭といった日本の最初期の図書館の歴史から福澤諭吉の『西洋事情』での「ビブリオテーキ」の紹介を経て、書籍館の開設までの日本の図書館史が展開される。また満鉄図書館の活動にも触れており、従来の図書館史が満鉄図書館の社会教育の側面ばかり取り上げ、その調査活動に関わる部分を看過してきたことを指摘している。さらに図書館令の制定・改正を巡る議論から戦後の図書館法の制定などを見ていき、ここまでの日本の図書館の発展期を締め括っている。
引き続き第四章「日本の図書館確立期 青年図書館員聯盟間宮不二雄」では、日本図書館協会の登場から始まり、『図書館雑誌』の編集と青年図書館員聯盟の実質的主宰者を兼ねて活躍した間宮不二雄図書館経営思想が、青聯の機関誌から明らかにされる。そして間宮の語る当時の図書館の問題点の多くが、今なお公共図書館の現状に当てはまることが指摘されている。そして図書館教習所開設などの図書館員養成の歴史についても論じている。
第五章「占領下日本の図書館」では、まさしく占領下の日本の図書館がアメリカの占領政策の影響を受けどのように変遷していったのかが描かれる。具体的には前田多門が根付かせようとしたシビックス概念(占領軍の教育担当責任者の言うそれ(シビックス概念)とは違っていたようだが)に触れつつ、占領軍が日本の図書館・図書館員養成をどのように変えていこうとしたかが詳述される。
第六章「復興の一翼を担った専門図書館」では戦後の日本復興の中で、公共図書館復興・発展に先んじて企業系を中心とした専門図書館が発展していった歴史が綴られる。そのなかで国際十進分類法の日本の専門図書館への導入の経緯、同じく英国の戦後復興における専門図書館の活躍の事例(NLL:科学技術貸出専門図書館)が紹介される。
最後の第七章「今後の日本の図書館」では、「デジタル時代の図書館」、「図書館とデータベースのあり方」、「図書館業務の外部化と図書館の将来」の3テーマが語られる。「デジタル時代の図書館」ではカリフォルニア大学教授M.バックランドの「機械化図書館・電子図書館」の概念が展開する。

私の感想として、まず第三章で展開された満鉄図書館の調査部門に光を当てたところが見事だと思った。満鉄図書館は現在の図書館サービスの先駆けになる実践をいくつも行っているし、その部分にフォーカスが当たるのはある意味当然だと思っていた。確かに東亜経済調査局の任務であった調査および資料管理は(筆者の言う)これからのソフトパワーの源泉となるべき図書館にとって注目に値すると思われる。また、最近専門図書館の活動や歴史に無頓着であった(私)ことを反省する経験をしたので、第六章の存在は本当に耳が痛かった。専門図書館関係者と交流が少ないことを理由に、今まで専門図書館についてあまり知ろうとしてこなかった現職の図書館員たちは少なくないのではないだろうか。そしてNLLの初代館長アーカートが著した『図書館業務の基本原則』十八項目は、現代の図書館経営においても重要な意味を持っていると思う。
本書の主旨と若干ずれるものの、他にも第三章の間宮不二雄と青聯の活動は自分自身関心をもっていながら勉強を怠っていたので、もう少し図書館史の勉強を頑張らねばと思った次第である。

ただ、やっぱり触れておくべきだと思うのが「公共図書館」と「図書館問題研究会」の扱い。本文中、何度「貸出至上主義」や「ベストセラー貸出」などという言葉を使った現状の公共図書館批判をしているだろうか(図問研は諸悪の根源のように書かれているが、そこまで影響力があったのだろうか?)。ここまで来るとどう考えても嫌がらせである(苦笑)それだけ現状の公共図書館がダメだと言いたいのかもしれないが、そうだとするとやけに「業務の外部化」「指定管理者制度の受託会社」に対して甘いような気がする。指定管理者制度反対派の評価を「観念的」*1とばっさり斬っておきながら、これはいかがなものだろう。自治体・国の財政状況を一切勘案せずに「図書館サービスの拡充を」と声を上げている人は確かによく見かける。そういう人がコスト意識を持つことは事実必要だろう。だが、人件費削減に走りがちな指定管理者の派遣スタッフの待遇が今後よくなるかもという見込みはさすがに首を傾げたくなる。あとがきで「(日本の図書館は)一生をかけて働くに相応しい世界である」と書いているが、一体これは誰に向けた言葉なのだろうか。他と違った視点を追求した本に対してこんなに出尽くした理屈をふっかけるのは正直野暮だと思う。でも、敢えて言ってみた。

とはいえ今までにない視点を提供するという試みは大事だと思うし、そういう意味でこの本はその目的を達成しているのではないだろうか。ここまで現状の図書館界を批判してくれる人も少ないわけで、すべてに納得はしないが、こんな本もあっていいと私は思う。

*1:正直、指定管理者制度反対の言説をいくつも読んでいるとその気持ちわからないでもない。個人的には業務の委託自体がダメとは思っていないし、その方法で成功している図書館をいくつも知っている。