読書記録『ミュージアムの情報資源と目録・カタログ (博物館情報学シリーズ1)』

ミュージアムの情報資源と目録・カタログ (博物館情報学シリーズ)

ミュージアムの情報資源と目録・カタログ (博物館情報学シリーズ)

  • 作者: 水嶋英治,田窪直規,田良島哲,宮瀧交二,毛塚万里
  • 出版社/メーカー: 樹村房
  • 発売日: 2017/02/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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人生とはよくわからないもので、博物館併設の図書室に勤務することもある。司書業務と博物館員業務半々のような仕事が始まって早ひと月。
この本を手に取ったのはそんな理由もあると思われる。同じ文化施設として、博物館のこともきちんと学んでおかなくてはと幾度も思いながら放置したまま。こういうきっかけがあったのはいいことだと思っている。

さて、本書は樹村房にて刊行される博物館情報学シリーズの第1作目である(全8巻予定)。博物館の素人が言うのもなんなのだが、学芸員課程の科目に対応するテキストシリーズというわけではないようだ。実際内容の区分けも6つの章と少なく、幅広くというよりは厳選した1トピックごとに丁寧な解説を行っている印象である。「各巻とも専門的な内容に踏み込みながらも新書レベルの平易さで解説することを心がけたつもりである」とある通り、初心者の私でもわかりやすく読みやすい印象だった(わかっているつもりなだけかもしれないが)。ただ田窪氏の担当する第2章「博物館情報学と図書館情報学の比較」だけは博物館学・図書館学両分野にわたる内容なので少し難しいかもしれない。

序章「博物館情報学体系化への試み」において水嶋氏が博物館情報学を「博物館の資料情報(美術館の作品情報、自然史博物館の標本情報を含む)と博物館の情報表現技術を学術的知識に照らしあわせ、系統性のある情報学および方法論として博物館情報を研究する学問領域」と定義し、学問体系化への試みを語っている。

続く第1章「博物館情報学の三大原則」は引き続き水嶋氏が担当する。博物館情報とは何か、まず4つに分けて解説を行い、続いてその三大原則「正確性・公開性・成長性」を述べていく。

博物館情報の三大原則

  1. 博物館の情報は常に正確でなければならない。
  2. 博物館はすべての人に開かれていなければならない。
  3. 博物館は情報が成長する有機体でなければならない。

本文p.30より

ランガナタンの図書館学の5法則が「3」の元ネタになっているのは言うまでもない。だが素人ながら心に響いたのが1と2だった。1はある意味当然なのだが、博物館情報の正確さを求める原則である。図書館にいて、それぞれの情報資源の正確さに個人或いは組織として評価を下すことはあっても、基本的に情報資源の正しさや特性というのはあらかじめ資源自体のなかにあって、その情報自体の価値を誤って毀損してしまうことはない。だが、博物館情報は間違いが発覚して資料的価値が変わってしまうことがある。おぼろげながら覚えているが、過去にはある学者の捏造が発覚して、展示していた博物館の信頼すら損ないかねない事件があった。情報の正しさを追求するのは図書館も同じだが、情報への責任の持ち方などには違いがある。そして次の2の「公開性」だが、これが印象に残ったのは自身が博物館に勤務しているからという理由がある。博物館資料は図書館資料のようにコンテンツの形状やサイズが大方決まっているわけではない。そのため「開架」で展示できる数も限られて、「閉架」の資料がどうしても多くなってしまう(もちろん理由はそれだけではないが)。実際私の勤務先も来館者の目にすることのできる展示品は所蔵する資料の1〜2%に過ぎない。それほどの数の資料にまったくアクセスできない状況というのは、機関の機能性を考えるとどう考えても不合理である。現物を確認できないデジタルアーカイブに博物館はなじまないのではないかと思っていたが、それでも目録が整備され、多くの博物資料へのアクセスが完備されるのなら、革新的な変化と言えるだろう。
続いてストランスキーの博物館学に関する学説の解説が行われる。

第2章は、博物館情報学と図書館情報学の違いを目録などをキーにして比較していく。図書館情報学で言うところの○○が博物館情報学で言うところの何なのか、そこをイメージしながらだと理解しやすい。一番印象に残っている箇所はそれぞれを英語にした際の訳語のことで、「図書館情報学」は"Libary and Information Science"だが、「博物館情報学」は"Museum Infomatics"であるという指摘である。差異を特に意識しない場合もあるとされているが、前者の"Information Science"は資料や情報の流通・利用に関する分野、後者の"Infomatics"はコンピュータ科学およびその応用領域とされている。

第3章「博物館情報の編集と知的活動」では博物館目録の史的展開として4つの文献が紹介される。中国の余嘉錫による『目録学発微』から始まるが、それぞれの著作で目録というものをどのように捉えているかが非常に興味深い。資料の価値とは何かといったテーマにも細かく触れながら、博物館において目録を整備することの重要性を指摘して稿を締め括っている。

第4章「歴史的に見た博物館の目録」では日本近代初期以降の博物館の目録を材料に、博物館目録の記述について考えていく。各館の目録の記述内容の違いと解説は具体的で理解しやすい。東京帝室博物館の台帳編纂の例は、業務上の組織化で失敗した経験が想起されて身につまされる思いだった。

第5章「博物館活動の記録化について」では「年報」や「図録」などの博物館活動の記録の重要性について執筆者の学芸員活動の経験に照らし合わせながら解説していく。資料目録の記述の議論とは少し離れ、博物館活動自体に焦点が当たるので、少し毛色の違う章と言えるかもしれない。ただしそれらが博物館資料へのアクセスの重要性・公平性に繋がるという点では一貫している。

第6章は「事例研究 市立館の目録刊行」と題して、金沢湯涌夢二館の展示図録の事例が解説される。図録・目録を作成者サイドの視点で紹介しているのがユニークである。
余談だが、博物館勤務で驚いたのが来館者の図録購入率の高さである。作る側の趣向が凝らしてあればなおさら来館者に魅力的に映るに違いない。


毎度のことながら素人がわかったふりして好き勝手書いてきたが、博物館情報の価値を効果的引き出すために目録の整備が必要というのはよく理解できた気がする。そのための目録の規則はどうあるべきだろうか。図書館もすでに館内や近隣図書館とだけ繋がる時代は終わっている。図書館の外の世界と情報をやり取りする時に必要な目録の条件とはなんなのか、図書館員にとっても他人ごとではない。