読書記録『図書館情報学を学ぶ人のために』

図書館情報学を学ぶ人のために

図書館情報学を学ぶ人のために

筑波の学生が購買で列を作って購入している(?)画像が某SNSで出回っていて、それにつられてついつい買ってしまった。あの行列が本当にこの本を買うためなのか判然としないが、そうだとしたらなぜこんなに関心が高いのだろうか、と。本を開いてみると執筆者陣が筑波関係者だらけで、なるほどなと思った。とは言え自主的に買って読んでいるのだとしたら有望な若者たちである。

閑話休題世界思想社の定番シリーズ「学ぶ人のために」に図書館情報学が登場。まさしく図書館情報学の初学者向きの本で、図書館情報学で扱われているテーマを20章に細かく分けて収録している。「司書になる人のために」ではないのがミソで、現行の司書課程科目の教科書や案内書とはなっていない*1

以下、目次。

第1部 知識の宝庫、図書館
 第1章 図書館の誕生と変貌(呑海沙織)
 第2章 本が生まれる場所、育つ場所(永江朗
 第3章 偉人たちの知識はそこにある(逸村裕)
 第4章 図書館情報学からみる図書館の姿(根本彰)

第2部 図書館の舞台裏
 第5章 公共図書館のサービス(池内淳)
 第6章 大学図書館の仕事と経営(中山伸一・加藤信哉)
 第7章 学校図書館の活動(平久江祐司)
 第8章 国が考える図書館政策(溝上智恵子・毛利るみこ)

第3部 図書館のある知的な社会
 第9章 マイノリティを支援する図書館(吉田右子)
 第10章 知識が活性化する場所(三森弘)
 第11章 人々のイメージのなかの図書館(松林麻実子)
 第12章 ネット社会の青少年と図書館(鈴木佳苗)

第4部 図書館の向こうに広がる知識の宇宙
 第13章 知識はどこにあるのか(膻山幹子)
 第14章 分類を通して知識の体系をとらえる(緑川信之)
 第15章 知識を探す仕組み:書誌情報(田窪直規)
 第16章 社会と文化の記憶(白井哲哉・水嶋英治)

第5部 21世紀の技術が示す知識のカタチ
 第17章 1億件のデータから必要な情報を探し出す技術(原田隆史)
 第18章 検索と推薦の技術(関洋平)
 第19章 知識をリンクする技術(高久雅生)
 第20章 世界の知識に到達するシステム(宇陀則彦)

1部4章ずつ計5部の構成となっており、編者の意向で各章の順番に流れがある。とはいえそれぞれの執筆者は比較的自由に書いた印象で、記事はばらばらに読んでも決して支障はない。いずれも1章10ページほどの分量にまとめられていて読みやすいが、書く方は苦労したに違いない(笑)
以下、(本当に)簡単に各章を紹介してみる。

第1章「図書館の誕生と変貌」は駱駝の背に蔵書を載せた「駱駝の図書館」からボストン公立図書館まで、図書館と本の歴史を短くまとめている。第2章「本が生まれる場所、育つ場所」は出版社や取次等の仕事の解説が行われる。再販制や委託制にも触れ、図書館以外の本に関わる環境を押さえている章である。第3章「偉人たちの知識はそこにある」は学術ネットワークと一体化し、学術情報基盤となった大学図書館の変化を複数の点で見ていく。学術論文をめぐる状況にも触れるなど、大学図書館ひいては学術情報基盤のこれからについての内容となっている。第4章「図書館情報学からみる図書館の姿」は「図書館情報学とは何か」という大きな問題に言及する。アカデミズムとプロフェッショナリズムをキーに、日本と世界の図書館情報学の位置づけ・歴史を比較している。

第5章「公共図書館のサービス」ではその名の通り公共図書館のサービスを細かくわけて解説している。先進的なサービスにも触れており、単純にそれらの説明だけに留まっていない。第6章「大学図書館の仕事と経営」はその名の通り大学図書館の仕事をテーマにしている。大学図書館の事務長と館長の仕事に重きが置かれているのが特徴である。第7章「学校図書館の活動」は学校図書館3つの機能「読書センター・学習センター・情報センター」に触れながら学校図書館の現状と未来を論じている。第8章「国が考える図書館政策」は主に公共及び大学図書館の図書館政策動向について解説している。

第9章「マイノリティを支援する図書館」では世界に目を向けて難民・移民、性的マイノリティ、先住民などへの図書館の支援の事例を紹介している。そして、なぜ図書館が多様な文化的背景をもつマイノリティを支援するのか、その意義についても触れている。第10章「知識が活性化する場所」は「場」としての図書館の可能性についての章となっている。事例として同志社大ラーコモ、筑波大図情図書館ラーコモ、武蔵野プレイスの3つが挙がっている。第11章「人々のイメージのなかの図書館」は映画やドラマ、小説のなかに登場する図書館・図書館員を分析し、そのイメージがどのようなものかを明らかにする試みである。第12章「ネット社会の青少年と図書館」はインターネットや本を使った情報探索や課題解決に必要なインフォメーション・リテラシーについて深めていく。探究的な学習とそのモデルにも言及していて興味深い。

第13章「知識はどこにあるのか」は「知識」について哲学的に論じている。まさしく異色の章で、「図書館」より「そこで扱われる知識」に最もフォーカスを当てる第4部の入りに相応しい内容である。第14章「分類を通して知識の体系をとらえる」では日本十進分類法に代表される分類法の特徴や歴史が解説されている。情報資源組織論に接近するテーマであり、知識や学問の体系をとらえるという大きな問題について改めて意識させてくれる章となっている。第15章「知識を探す仕組み:書誌情報」では資料(知識)を探す仕組みとしての書誌情報を解説している。図書館資料の書誌コントロールに限らないウェブ世界のメタデータのコントロールまで紹介されており、ウェブ世界のメタデータのカオス状態を減じる新しい可能性にも言及している。第16章 「社会と文化の記憶」では図書館情報学の類縁分野であるアーカイブズ学や博物館情報学について解説している。余談になるが、一時MLA連携という言葉が図書館界で流行したが未だに他の文化施設について詳しく知らない、または関心をもっていない図書館員は多くいるように思う。自身その一人なので改めて勉強し直すいいきっかけになった。

第17章「1億件のデータから必要な情報を探し出す技術」では、情報を探し出す仕組みの章となっている。具体的に取り扱っているトピックは資料の同定や検索のためのコンピュータの高速化などについてである。第18章「検索と推薦の技術」ではAmazonなどの書籍販売サイトや本棚サービス(読書管理アプリ)で導入されている推薦の技術について説明がなされている。第19章「知識をリンクする技術」は15章で登場したセマンティック・ウェブのより深い解説がなされているのが特徴である。その基盤となる技術の説明や、今後の課題などが主な内容である。第20章「世界の知識に到達するシステム」で主に扱われるテーマは、ディスカバリサービスの登場とこれからの図書館についてというもの。図書館は資料提供を通じて人と知識をつないできた。ディスカバリサービスの登場で図書館の役割は下がったのか?その可能性を探っていく。

付録もあるものの、メインとなるのは以上の20章である。哲学的な考察も含め、本当に多様な内容となっている。「このいずれかが琴線に触れたなら、ぜひ図書館情報学をさらに深く学んでみてもらいたい」という執筆陣のメッセージを強く感じるのはおそらく私だけではないだろう。私の(本当に)ひどい解説よりぜひ原著をお読みいただきたい。

本書と同月(同日か?)発行の『プラグマティズムを学ぶ人のために』も含め、平成29年4月時点で世界思想社の「学ぶ人のために」シリーズは273件出版されているようである。本書の20章だけではまだまだ図書館情報学の研究分野をカバーできないし、他にも272(もちろんそれだけのはずもない)もの学問が世に存在しているという驚きを改めて感じた。それらの知識を扱うのだから、図書館や図書館情報学は本当に奥が深いものである。

*1:ただし付録として「司書になるためには」が収録されている。