読書記録『地方自治と図書館』

慶應大の片山善博・糸賀雅児両氏による一冊。地方自治と図書館(基本的に公共図書館)についての論考や対談を集めたもので、読むために前提となる図書館業界の専門用語が少なく、比較的読みやすい内容となっている。
片山氏の執筆・講演録の箇所は氏の地方自治に対する情熱が込められており、図書館関係者としては胸が熱くなる思いである。また、糸賀氏が(その実質的な中心人物であった片山氏の解説を受けて)「住民生活に光をそそぐ交付金」について考察を行っているのが本書の注目点と言える。

本書は4部計11章構成となっている(部のナンバリングはローマ数字)。

第1部「図書館は民主主義の砦」(1〜3章)
第2部「地方財政と図書館」(4〜6章)
第3部「地域の課題解決を支援する図書館と司書」(7〜10章)
第4部「地方自治と図書館政策」(終章)

第一章「知的立国の基盤としての図書館」では、片山氏がこれからの日本が目指すべき「知的立国」像について解説する。「知識や知恵さらには知的財産に基づいて国民を豊かにし、同時に世界に貢献できる国家」=知的立国には以下の特性があるという。
・科学技術立国として「地球環境問題、省資源・省エネルギー問題、医療など様々な分野で世界をリードすることによって、世界に貢献するとともに、経済的にも国民生活を豊かにする」。
・文化芸術大国として「文化や芸術の力によって国民を心豊かにし、併せてわが国の文化や芸術が世界の人々を魅了し、彼らの心も豊かにする。それは、結果としてわが国の政治や経済にも大きく裨益する」。
・透明で清潔な政治の実現。上記2つを行うために不可欠。目先の利権でなく、国の将来を見据えた財源の配分など。
知的立国を実現するために必要なのはこれらを担うに足る人材の養成であり、少数のエリートだけでなく、それらを支える国民の形成も必要であるという。そのために必要なのが教育であり、並んで重要なのが図書館である。図書館の支援の例として、ここではビジネス支援が紹介されている。

第二章「図書館のミッションを考える」では、第一章を受けて図書館の役割をさらに具体的に見ていく。片山氏の鳥取県知事時代のエピソードが紹介され、県庁図書室に司書を配置した経緯に触れている。地方分権時代では中央官庁作成のマニュアルに頼って政策を形成するのではなく、自分たちでも情報を収集する必要がある。そのために必要なのが図書館だと言う。
また「議会の自立と議会図書室」という項も立て、議員が執行部の行政運営に意見をする際に、そのための情報を執行部からしか得られない場合の問題点を指摘している。執行部は自分たちの考える最善の策を執っているわけで、それに不利な情報が出てくることは(人情的に)まず考えられない。直接得られる情報だけでなく距離を置いた資料・情報をもつことを、片山氏は「対抗軸を持つ」と呼んでいる。

第三章「民主主義社会における図書館」は糸賀氏の担当である。地方自治や情報公開と図書館について、関連法規や綱領を材料に考察している。教育関係法制に位置づけられる日本の図書館において、民主主義との直接の関わりを言及する条文は見られないものの、国民の意思決定に重要な情報提供の機能を近代図書館に担わせようとしていたと解釈できる条文と当時の解釈が図書館法には存在していたという。

第四章および第五章は2012年開催の第14回図書館総合展キハラ株式会社創業九十八周年記念フォーラム「地方財政と図書館」において片山氏が行った基調講演と、その後に続くパネル討議の内容が収録されている。パネル討議登壇者はコーディネーター役の糸賀氏の他に片山氏、上月正博(文部科学省大臣官房審議官)、武居丈二(総務省地域力創造審議官)、永利和則(福岡県小郡市立図書館館長、日本図書館協会理事)。※すべて役名は当時。
前半の片山氏の基調講演「図書館と地方自治」では、氏が鳥取県知事として見た地方行財政事情について、また総務大臣として「住民生活に光をそそぐ交付金」を創設した当時のことを話されている。前者は昨今注目の集まっている地域経済の再考についての論考に通じるものがあり、後者は続く第六章でさらに展開する。
後半の「地方財政と図書館」は図書館事業とその財源がフォーカスされており、様々な話が出てくるものの地方予算についての議論が中心である。

第六章「光交付金が図書館にもたらしたもの」は糸賀氏による「住民生活に光をそそぐ交付金」の調査の報告となっている。通称「光交付金」が全国的にどれだけ図書館予算として配分され、その予算がどのような費目として使われたのかといった数字の他、その意義や問題点、交付金の趣旨を正しく受け止められていない自治体の存在などについて論じている。光交付金の交付からもう数年が経過したが、このような調査は他にあまりなさそうである。本書の特徴のひとつとして挙げておきたい。

第七章「まちづくりを支える図書館」は糸賀氏担当。図書館の「集客力」と「認知度」を利用した「まちづくり」の事例と効果を紹介する。図書館があることによる「来街頻度」の増加、桑原芳哉氏による分析を紹介し中心市街地に複合施設として図書館があることの「賑わい」と「売り上げ」の効果の如何を述べている。

続く第八章「「地域の情報拠点」としての課題解決型図書館」では、昨今言われる「地域の情報拠点としての図書館」のあり方を考察する。『市民の図書館』とそれに代表される「貸出」中心のサービスの考えが今なお続いていることへの批判的な考察から、これからの図書館が注力すべきサービスについて解説している。それこそ例の本の信奉者から「現場をわかっていない」と言われそうな内容だが、貸出の増加がレファレンスの増加に結びつくとは言えないことは指摘の通りだと思われる。『市民の図書館』批判もいいのだが、ここはとても重要なトピックだと思われるので、それ以外の部分、つまりこれからの貸出以外のサービスについてもっと紙面を割いてほしかったかなというのが正直な印象である。

第九章「地方自治を担う図書館専門職のあり方」では、司書のキャリアデザインについて触れられている。キャリアパスとしての認定司書制度をイギリスの同様の制度も引き合いに出しながら紹介している。糸賀氏の言う「「必勝」とは言えないまでも「このまま負け続けない」ための打つべき一手」という言葉がいやに頭に残る。本筋からずれるが、認定司書は言わば公共図書館司書のためのものであるし、関係のない図書館員から見ると、現行のそれはとてもではないが取ろうと思えない。もちろん個人の感想である。

第十章「「地方創生」の視点から見た図書館と司書」は再び片山氏による執筆である。内容はまずうまくいくようには思えない地域創生の話。武雄市の図書館の事例も出しながら、地元の企業の事業機会を奪い、利益が域外に出てしまう問題を指摘している。次に図書館の指定管理者制度の問題について。指定管理者制度で削られる人件費が司書の待遇を下げ、長期で勤務することができない状況を作り上げていることを問題視している。情報の拠点を作り上げることも、数年単位の契約である指定管理業者がなじむかどうか疑問である。
もちろん、指定管理でない(いわゆる)直営でも劣悪な待遇は多いし、数年単位で司書が入れ替わっているところがほとんどだろう。そのため個人的には指定管理者制度の導入に賛成も反対もしない。確かに指定管理者制度はそのほとんどが人件費削減の路線から出てくるので、直営の方がまだ少しだけマシなのかもしれないが。本筋から逸れているが、長期の視点で働けないことを理由に指定管理者制度はなじまないとするのは違うのではないか、と個人的には思ったりする。
最後に認定司書への期待について書き、稿を終えている。

終章「対談・地方自治と図書館政策――自立支援こそ図書館のミッション」は、著者ふたりによる対談となっている(2007年 於:鳥取県庁内知事室)。第1回ライブラリー・オブ・ザ・イヤー鳥取県立図書館が受賞した翌年のものであり、内容は他の章をまとめたような内容となっている。ただ、片山氏が自身の考えや価値観について語っているシーンが少し多めの印象である。自身の図書館政策の理由として、いつか自分が知事をやめ、ひとりの市民として暮らす時、「そうした時にどういう地域であってほしいか」という言葉があって印象に残った。

片山氏の知的立国の考えが随所に入っており、情報公開についての意見も強く共感を覚えるものであった。また間を縫うように糸賀氏がこれからの図書館サービスについて解説しており、押さえるべきところをきちんと押さえた合作だと思えた。「光交付金」の追跡にオリジナリティを感じたのでタイトルのどこかに入れてもよかったのにと思うが、さすがに変だろうか(笑)
余談だが、片山善博氏と言えば鳥取県知事として学校図書館政策にも力を入れたことで知られている。(また聞きなので詳細までわからないが)県立学校の図書館へ赴き、直接学校司書に厳しく(?)指導したという逸話も残っている*1。自分たちを肯定してお金を出してくれる人に(まさしく)甘えているだけではダメなのだなと思うエピソードである。

*1:実際学校図書館を見に行っていたということはご本人が某所の講演で仰っていた。